プリンスエドワード島を舞台にしたモンゴメリの小説『赤毛のアン』。初めてグリーンゲイブルズにやってきたアンが、マリラに名前を聞かれて「eのついたつづりのアン」と呼んでほしいと懇願する場面がありますが、アン物語の中で「名前」は特別な意味があるようです。今回は、プリンスエドワード島旅行で見つけた名前にまつわるエピソードをご紹介します。

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赤毛のアンの名前と綴り

『赤毛のアン』の作者 ルーシー・モード・モンゴメリ(Lucy Maud Montgomery)は、「アン・ブックス」シリーズで有名なカナダの小説家で、 1908年に出版された『赤毛のアン』 は、 「アン・ブックス」シリーズの1冊目にあたります。孤児院暮らしだったアンを主人公にした物語は、祖父母に育てられた作者モンゴメリーの経験が色濃く投影されているようです。

例えば、 『赤毛のアン』の中で、アンがマリラに名前を聞かれて 「eのついた綴りのアン」にこだわる場面が出てきます。初めてグリーンゲイブルズにやってきた時、「Annではなく、Anneと呼んで下さい」と懇願するのですが、現実的なマリラは、「eを付けなくてもたいしたちがいはない」と情け容赦なく答えます。

この時アンは「あら、大ちがいだわ。そのほうがずっとすてきに見えるのですもの。名前を聞くと、すぐ目の前に、まるで印刷されたみたいに、その名前がうかんでこないこと?」と反論するのです。

アンが名前にこだわるのは、作者であるモンゴメリ自身が名前に強いこだわりを持っていたからでしょう。実際、生前モンゴメリは「ルーシー」ではなく、「モード」と呼ばれることを好み、Maudeではなく、最後にeにない Maud と綴られるのを望んだという記録も残っているそうです。

eの綴りとモンゴメリのお墓

モンゴメリのお墓

モンゴメリのお墓を訪ねた時も、名前にこだわるモンゴメリの姿が垣間見える瞬間がありました。モンゴメリの夫の名前は EWEN ですが、お墓には 「 with wife of EWAN MACDNALD」 と彫られていたのです。EWEN ではなく EWAN !それを見た時、終りにeのつく綴りにこだわったANNEを思い出さずにはいられませんでした。

モンゴメリーと彼女の夫が埋葬されているお墓は、 キャベンディッシュの共同墓地の中にあります。 プリンスエドワード島の美しい景色を見晴らすこの場所を、 生前モンゴメリ自身が自分の墓地として選んだということです。

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アンはネーミングの達人

セントローレンス湾の崖

名前の綴りにさえこだわるアンは、あらゆるものに名前を付けるネーミングの達人でもあります。桜の木を「スノー・クイーン(雪の女王)」と呼んだり、りんごの並木道を「歓喜の白路」と名付けたり、出会ったものや場所の一つ一つにハンドル(あだ名)を付けて楽しみます。美しい自然に囲まれたプリンスエドワード島はそれだけで十分に素晴らしい場所ですが、アンによって名づけられた名前の1つ1つが、その輝きをよりいっそう際立たせているのは間違いないでしょう。

キャベンディッシュの海岸からセント・ローレンス湾の岸に沿ってのびる一本道が、名前を聞いてアンがうっとりする「海岸通り」です。アンがグリーンゲイブルズに来た翌日、マリラはアンを孤児院に送り返すために、馬車を走らせながら、海岸通りを通って、スペンサー夫人の家へ向かいます。その途中、生まれてすぐ両親を亡くし孤児院で育ったアンの生い立ちを知り、マリラの心にアンへの愛しさが芽生え始めます。マリラの気持ちを劇的に変化させた海岸通りは、アンにとっては思い入れの深い運命の場所でもあるのです。

「海岸通りってすてきに聞こえるわ。名前とおなじようにすてきなところかしら。小母さんが海岸通りっておっしゃったとたんに、ぱっとその景色が目にうかんだのよ。それにホワイト・サンドもきれいな名だけれど、でもアヴォンリーほどじゃないわ。アヴォンリーはたまらなく、いい名前ですもの、音楽みたいな響きがするわ。」

赤毛のアン 第五章 

モンゴメリのメッセージ

モンゴメリの生家

赤毛のアンに込めた作者のメッセージは何だったのでしょうか?名前にこだわるモンゴメリらしいエピソードが『赤毛のアン』の中に出てきます。グリーンゲイブルズの窓の外にある「りんごあおい」にボニーと名付ける際、「名前で呼ばなければ「(あおいの花が)気をわるくする」、「小母さんだっていつもただ女とだけしか呼ばれないのはいやだと思うわ」と言う場面です。

家族も家もなく居場所のない幼少期を過ごしたアンにとって、名前は自己の存在価値を証明する唯一の手段だったのかもしれません。そして、幼い頃に母を亡くし祖父母に育てられたモンゴメリは、自分の境遇とよく似たアンという女の子を物語の主人公に設定することで、満たされない思いを昇華し、自己存在のよりどころとしたのではないでしょうか。

キャベンディッシュには、アンがマシュー&マリラ兄妹と暮らすグリーンゲイブルズをはじめ、モンゴメリが眠るキャベンディッシュ共同墓地や、恋人たちの小径 、お化けの森 など、アンにまつわる場所がたくさん実在しています。

今回のプリンスエドワード島旅行で様々なゆかりの地を訪れましたが、モンゴメリの生涯をたどることで、『赤毛のアン』がますます好きになり、もう一度ゆっくり読み返してみようと強く思いました。これからも、物語で読んだ風景や作者が過ごした場所が目の前にある感動を思い出しながら、モンゴメリが残してくれたメッセージの意味を探っていきたいと思います。

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