
『赤毛のアン』にはシェイクスピア劇のセリフやアーサー王伝説など様々な英米文学が登場しますが、最終章でアンがささやく最後のセリフ「世はすべてこともなし」はブラウニングの詩から引用されています。また、冒頭の献辞にもブラウニング の「エヴリン ホープ」が使われています。作者モンゴメリにとって、ブラウニングがいかに特別な存在だったかがわかります。
赤毛のアンの最後のセリフ

『赤毛のアン』はアンがそっとささやく最後のセリフ「神は天にあり、世はすべてこともなし」で終わります。この一文はイギリスの詩人ロバート・ブラウニングの「ピッパが通る」(Pippa passed)の中の「ピッパの歌」(Pippa’s Song)の一節です。
英語の原文は
” ‘God’s in his heaven, all’s right with the world,’ ” whispered Anne softly. softly.
「ピッパの歌」は織物工場で働いているピッパという少女が、年に一度だけのお休みの日、喜びのあまり口ずさむ歌で、通りすがりにその歌を聞いた人たちは彼女に感化され改心するのですが、ピッパ自身は全く気づきまません。モンゴメリは、純真無垢なピッパを、いつの間にか周りの人たちを幸せにするアンの姿と重ね合わせたのでしょう。
日本で「ピッパの歌」は、上田敏の翻訳詩集『海潮音』の中の「春の朝(はるのあした)」で知られています。
時は春 日は朝(あした) 朝は七時(ななとき)
上田敏「春の朝」
片岡に露満ちて 揚雲雀(あげひばり)なのりいで
蝸牛枝(かたつむり)に這ひ 神 空に知ろしめす
すべて世は事も無し
最後のセリフ「世はすべてこともなし」は最終章「道の曲がり角」の最後に登場します。マシュウの死に直面したアンは、失明寸前のマリラのために大学進学をあきらめグリーンゲイブルズで暮らすことを決意しますが、ギルバートから教職を譲られたことをきっかけに長年不仲だった二人のわだかまりが解けるのです。
思い描いていた未来とは違うけれど、「世はすべてこともなし」とすべてを受け入れ、未来に希望を見出すアンの姿は朝の光のように輝いています。曲がり角の先には何が待っているのか分からないけれど、すべてを神に任せ、未来に希望を託すアンは、幸せの形は1つじゃない、希望はどんなところからも見つけ出せるのよ、と教えてくれているようです。
アニメ「こんにちはアン」

「こんにちはアン」は「赤毛のアン」100周年記念に出版されたカナダの児童文学作家バッジ・ウィルソンによる小説で、原題は『Before Green Gables』、アンの幼少時代を描いた物語です。世界名作劇場「こんにちはアン」は、バッジ・ウィルソンの作品をもとにしたアニメーションです。
アニメ「こんにちはアン」の最終回もやはりブラウニングの詩「この世はすべてこともなし」で終わりますが、「この世はいいことでいっぱいなんだわ」というアンのセリフに変わっています。
「春の朝七時。朝露はキラキラ輝いて、ひばりは空にいるし、カタツムリはサンザシの上にいて、あんまり素晴らしいから、ピッパは歌ったのよ。“ああ、神様はちゃんと天にいてくださる。だからこの世はいいことでいっぱいなんだわ”って」
世界名作劇場「こんにちはアン」
ブラウニングと赤毛のアン

『赤毛のアン』には最後のセリフ「世はすべてこともなし」のほか、冒頭の献辞にもブラウニング 「エヴリン ホープ」の「あなたは良き星のもとに生まれ、 精と火と露より創られた」という一文が使われています。
「赤毛のアン電子図書館」は、日本で初めて全文訳を手がけられた松本侑子さんのサイトで、「赤毛のアン」をはじめとするアン・シリーズに引用されている古典文学が多数紹介されています。
アン・シリーズに引用されている英米詩の原文を膨大な資料をもとに解説してくださっている、アン・ファンにとってまさに夢のような図書館です。インターネット上に再現された「モンゴメリの本棚」をぜひご覧ください。
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