「赤毛のアン」はリンド夫人が窓ぎわでせっせと刺し子のふとんを縫っている場面から始まります。アンの時代の女性たちにとって手仕事は当たり前だったので、裏庭に面した台所で編み物をしているマリラやつぎものを前にため息をつくアンの様子などが描かれています。今回はパッチワークや手芸などに注目して、アンの物語を辿ります。手作りをキーワードに、古きよき時代のプリンスエドワード島へタイムスリップしてみませんか。

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赤毛のアンのパッチワーク

赤毛のアンの物語には、パッチワーク・キルトにまつわるエピソードがよく出てきます。例えば、マリラにお茶の前につぎものを片付けなさいと言われたアンが「つぎものにはちっとも想像の余地がないわ」とため息をつく場面や、初めてのピクニックが待ち遠しくてたまらない時に、マリラにパッチワークを命じられる場面など…。

アンの時代、パッチワーク・キルトは厳しい冬の寒さを乗り切るための必需品で、現代のように趣味で楽しむものではありませんでした。赤や白や菱形の布がたくさん入ったかごを前に、アンは憂鬱そうです。

「ものによっては縫いものもおもしろいかもしれないけど、つぎものにはちっとも想像の余地がないわ。つぎ目から、またつぎ目へと、いつまでいってもきりがないんですもの。」

赤毛のアン(モンゴメリ 村岡花子訳/新潮文庫)

当時は布も豊富にあるわけではなく、端切れをつなぎ合わせてキルトを作っていました。布地の切れ端を少しずつ袋に集めたり、丈夫な小麦粉の袋や種袋をキルトの裏地に使ったり、身近なものを再利用して作っていたそうです。アヴォンリーの女性たちも、知恵を絞りながら、たゆまず針を動かしていたのでしょうね。

モンゴメリのクレイジーキルト

赤毛のアン博物館・銀の森屋敷に展示されているパッチワーク・キルト。様々な大きさの端切れを自由につなぎ合わせたクレイジーキルトはモンゴメリのお手製です。

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リンド夫人のパッチワークキルト

赤毛のアンの冒頭シーンに登場するのは、窓ぎわでパッチワーク・キルトをするリンド夫人。せっせと針を動かしながらも街道のほうへたえず目を光らせています。村一番のせんさく好きなので、アヴォンリーのことなら何でも知っていたいのです。

レイチェル・リンド夫人は自分の始末はもちろんのこと、そのうえに他人の世話までやくだけの腕前をもっていた。主婦としての手腕はたいしたもので、裁縫の集いの中心ではあるし、日曜学校の経営から外国伝道婦人後援会の重鎮といったぐあいでありながら、しかもなお何時間でも台所の窓下に座って木綿のさしこのふとんを刺す余力があった。

赤毛のアン(モンゴメリ 村岡花子訳/新潮文庫)

「木綿のさしこのふとん」はベッドカバーのことだと、松本侑子さんの本で知りました。「さしこ」はキルト、「つぎもの」はパッチワーク…、当時日本にはない言葉を翻訳しなければならなかった村岡花子さんのご苦労が偲ばれます。

「木綿糸のキルトを編んでいる」。一般には、キルトとは、二枚の布の間に綿・毛・羽をはさんだものをまとめて刺し縫いした刺し子(キルティング)の掛け布団を意味するが、ここでいう「木綿糸のキルトを編んでいる」は、織物の縦糸に使う白い木綿糸でベッドカバーを編むこと。

赤毛のアン(モンゴメリ 松本侑子訳/集英社文庫)

リンド夫人のパッチワークの腕前はたいしたもので、「十六枚もつくったんだとさ」とアヴォンリーの主婦たちが声をひそめて話し合うほどです。アンが下宿生活をする時やアンの結婚が決まった時なども、気前よく刺し子のふとんをプレゼントします。

リンド夫人は思ったことをずけずけ言うタイプですが、根は人がいいので親身になってアンの世話をします。そうそう、マシュウがアンに贈った袖のふくらんだ服(パフスリーブのドレス)も、リンド夫人のお手製でした 。

赤毛のアンのパッチワークとモンゴメリのクレイジーキルト

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赤毛のアンの編み物

プリンスエドワード島の長い冬、窓辺や暖炉の灯りをたよりに、編み物をするアヴォンリーの女性たち…。リンド夫人やマリラは編み物道具一式を入れたカゴをそばに置き、わずかな時間もせっせと編み棒を動かします。あまり毛糸などで靴下を編み、婦人会などを通して寄付する習慣もあったようです。

マリラは編み物上手で、『 赤毛のアン 』 第 1章で、「リンド夫人が慰めるのか、がっかりさせるのかわからない文句を言っても、腹をたてる様子も不安がるけはいもなく、せっせと編物をつづける」様子が描かれています。台所の窓ぎわがマリラが編み物をする定位置です。

まぶしい日光をさけたがるマリラ・クスバートはすわるときにはいつもここときめていた。いまも編み物をしながらすわっており、うしろの食卓には夕食のしたくがしてあった。

赤毛のアン(モンゴメリ 村岡花子訳/新潮文庫)

『 赤毛のアン 』第18章には「ダイアナはカーモディにいる叔母さんから教わった新しい編み方を教えてくれたの。アヴォンリーじゃ、あたしたちのほか、だあれも知っている人がないのよ」とマリラに話すアンの様子も描かれています。

マリラの三つ編みマット

アン・ブックスの様々な場面に登場するのが三つ編みマット。『赤毛のアン』では初めてグリーンゲイブルズにやってきたアンが”これまで見たことのないような丸い編んだ敷物”と表現しています。

剥むき出しの白壁は目が痛くなる程白かった。壁だって、ずきずきした痛みを感じているに違いないと、アンは思った。床も剥き出しだったが、真ん中の所に、アンがこれまでに見た事もないような、丸い編んだ敷物が敷いてあった。

『赤毛のアン』(モンゴメリ著 村岡花子訳/新潮文庫)

アンとダイアナが樺の木立に二人だけのままごとの家を作る時も、妖精の鏡や赤と黄色の蔦のついたお皿と一緒に”三つ編みで作った小さな敷物”を敷いて遊んでいます。

それから、アンがレドモンドの大学時代を過ごした「パティの家」やサマーサイド中学校の校長として過ごした「柳風荘(ウィンディ・ウィローズ)」の塔の部屋にも丸い敷物が敷かれています。

また、ギルバートとの新婚生活が描かれた「アンの夢の家」には、結婚祝いに贈ってくれたマリラの敷物が登場します。マリラお手製の敷物は6枚もあり、キッチンや居間、屋根部屋など夢の家の至る所に敷かれました。

「夢の家」から移ってきた「炉辺荘(イングルサイド)」でもやはり丸い敷物は大活躍。働きざかりの主婦となったアンは、六人の子どもたちと一緒に丸い敷物の上で温まり幸せな時を過ごすのでした。

アンの時代の手仕事

アンの時代は手仕事が盛んで、型紙の貸し借りしたり、共進会で手芸の腕を競ったりして楽しんでいます。例えば、アンがバーリー家へエプロンの型紙を借りに行くため息も絶え絶えにお化けの森を駆けだす場面や、共進会のレース編みコンテストでジョシー・パイが一等をとる場面など、『赤毛のアン 』シリーズには、手仕事にまつわる面白いエピソードがたくさん出てきます。

水曜日にミス・バーリーは二人を共進会の会場へ連れて行き、一日そこですごした。「それはすてきだったわ」あとでアンはマリラに話してきかせた。(略)「あたし、馬と花と手芸がいちばんよかったと思うわ。ジョシー・パイがレース編みで一等をとったのよ。ほんとうにうれしかったわ。そしてよろこんであげられたのが、またうれしかったの。」29

赤毛のアン(モンゴメリ 村岡花子訳/新潮文庫)

共進会とは家畜や農産物などの展覧会で、リンド夫人がバターとチーズで一等をとっています。物語に描かれる様々なエピソードから、当時の暮らしに喜びと充実感をもたらす手作りの魅力が伝わってきます。

ダイアナがアンのために赤いうす紙で新型のしおりを作ったり、エラ・メイ・マクファーソンが草花の目録の表紙から切りぬいた大きな黄色い三色すみれ(それはアヴォンリーの学校で大いに珍重されている机のかざりの一種だった)を贈ってくれたり、プレゼントも心を込めた手作りです。

ソフィー・スローンがこのうえなく優美な新しいレース編みの型を教えてあげると言ったが、エプロンのふちとりにすれば、すばらしそうなものだった

赤毛のアン(モンゴメリ 村岡花子訳/新潮文庫)

パッチワーク、編みもの、刺繍など手作りが身近な存在だった19世紀当時の暮らし…。 寸暇を惜しんで手仕事に励み、自分で作ったものを使ったり贈り合ったりする古き良き時代の習慣に憧れます。

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