プリンスエドワード島の木々

『赤毛のアン』の物語の中には様々な植物が登場しますが、モンゴメリが描写するプリンスエドワード島の花や木々はまるで詩的な植物図鑑のよう。アン・シリーズはストーリーを楽しむだけでなく、美しい自然の描写に目を向けるとひと味違う感動が味わえます。すみれ、さんざし、野ばら…次々と登場する可憐な花々はガーデニングのヒントにもなりそうです。

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赤毛のアンに登場する植物

桜の木

プリンスエドワード島を舞台にした『赤毛のアン』にはたくさんの植物が出てきます。「この島みたいに花でいっぱいのところはないわね」とアンが感動するように、モンゴメリが描く繊細で美しい花や木は物語の大きな魅力になっています。

「雪の女王」と名付ける桜の木、アンが愛してやまないさんざし(メイフラワー)、マシュウが大好きだったスコッチローズなど、様々なエピソードと共に登場する色々な種類の植物を1つ1つ振り返ってみましょう。

アンが初めてプリンスエドワード島にやってきたのは6月、長い冬が終わり、春の花々がいっせいに咲く季節です。マシュウが馬車で迎えに来た時、桜の花は満開でした。

「もし今夜いらしてくださなかったら、線路をおりて行って、あのまがり角のところの、あの大きな桜にのぼって、一晩暮らそうかと思ってたんです。あたし、ちっともこわくないし、月の光をあびて一面に白く咲いた桜の花の中で眠るなんて、すてきでしょうからね。」

『赤毛のアン』(モンゴメリ著 村岡花子訳/ 新潮文庫)

木が大好きなアン!「(グリーンゲイブルズの)家のまわりにぐるっと木が植えてあるって言うんで、前よりももっとうれしくなってしまったのよ。木が大好きなんですもの。」と、うれしそうにマシュウに話します。

「木でよかったら、いやというほどあるけどね。」とリンド夫人が言うように、グリーンゲイブルズのまわりには木がいっぱい。一方には大きな柳の古木が立ちならび、もう一方には威風堂々としたロムバルディポプラが植わっています。

六月の果樹園は白い桜の花がまっさかり、小川のほとりの窪地では、ほっそりとした樺が頭をうなずかせています。裏庭のポプラの葉がさらさらと鳴っている様子を見て、アンはマシュウにささやきます。「木々が眠りながらお話しているのを、聞いてごらんなさい。きっとすてきな夢を見ているにちがいないわ」と。

ダイアナと学校へ行く途中で楓の枝のさしかわす小径を通る時、「楓って、とても社交的な木よ。いつもさらさら言っては人になにかささやいているのね」とアンが話す場面もあります。

木を愛してやまないアンは大人になってもその思いは変わらず、後に、ギルバートと結婚することになった時、「あたしは木のないところに住めないわ」と言っています。そう言えば、モンゴメリの小説「可愛いエミリー」のニュー・ムーン農場や、「パットお嬢さん」の銀の森屋敷も木に囲まれていました。きっと作者モンゴメリ自身も森の木々が大好きだったのでしょうね。

桜の木(雪の女王)

りんごあおい「ポニー」

アンは出会った花や木に次々と名前を付けていきます。「雪の女王」は寝室の窓の外にある桜の木、窓辺に置いてあるりんごあおいは「ポニー」です。真っ白なレースのような山桜を見て感動し、かすみのようなヴェールをつけた花嫁に例える場面では、花ざかりのりんごの並木道を「歓喜の白路」と名付けます。

アンの部屋の窓の外に立つ大きな桜「雪の女王」・・・。「もちろんいつもあんなに花をつけているわけじゃないけど、でも咲いていると想像できるでしょ?」とアンは言います。たとえ花をつけていない時でさえ、雪の女王はいつもやさしく見守ってくれる大切な存在です。

あまり暗くなって本が読めなくなったので、雪の女王と名づけた桜の梢の向こうをながめながら、目を大きく開いたまま空想にふけりだした。雪の女王はふたたび枝もたわわな花ふさでちりばめられていた。

『赤毛のアン』(モンゴメリ著 村岡花子訳/ 新潮文庫)

まばゆいばかりに美しいプリンスエドワード島!アンはグリーンゲイブルズの庭も果樹園も小川も森も、ただただ好きでたまらないのです。

さんざしの花(メイフラワー)

グリーンゲイブルズの遠景

さんざし(メイフラワー)は、「ほんとうに、さんざしなんてない国に住んでいる人がかわいそうだと思うわ。さんざしよりももっといいものなんてあるはずがないわ」というほど、アンが愛してやまない花です。

メイフラワーは、アンの生まれ故郷ノバスコシア州の州花で、花言葉は「希望」、「新しい光」、「ただ一つの恋」。ただし、イギリスではさんざしのことをメイフラワーと言いますが、カナダでは丈の低い可愛い花”Trailing arbutus(トレイリング・アービュータス)”のことを指すそうです。本の中では”さんざし”と訳されていますが、日本でこの花に似ているのはイワナシなのだとか。プリンスエドワード島では春いちばんに咲く花と言われており、4月末から咲き出すそうです。

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さんざしは、アヴォンリーの春を告げる花。春になると、アンはみんなでさんざしつみに出かけ、花つみの様子をマリラに話して聞かせます。フィリップス先生は自分が見つけたさんざしを全部プリシー・アンドリュウスにあげて『美しいものを美しい人に』って言ってるのを聞いちゃったこと、自分にもさんざしをあげるって言った人があったけれど相手にしなかったこと、その人の名前は誰だか言うわけにはいかないことなどなど・・・。帰りはさんざしで花輪を作って帽子に飾ったり、「丘の上のわが家」を歌いながら行進したり、楽しい時間を過ごしたアンですが、ギルバートとの「ただ一つの恋」が実るまでにはまだまだ時間がかかりそうです。

さんざしのことをどんなふうに考えているかわかる、マリラ? あれは去年、死んだ花の魂で、これがその花たちの天国にちがいないと思うの。

『赤毛のアン』(モンゴメリ著 村岡花子訳/ 新潮文庫)

すみれの谷

アンはすみれの花が大好き。マリラの紫水晶のブローチを見て「紫水晶って、おとなしいすみれたちの魂だと思わない?」と称賛したり、森の中の小さな窪地を「すみれの谷」と名付けたりします。

『さんざしのつぎはすみれで、「すみれの谷」は一面の紫だった。学校の道すがらアンはまるで聖地の土を踏むかのように、うやうやしい足どりで、目にはうやうやしい表情をたたえてここを通って行った。』という描写もあります。

ウィローミアの向こうには「すみれの谷」がある。アンドリュウス・ベルさんの大きな森のかげにある小さな、青々とした窪地につけた名前だ。「むろん、いまはすみれなんかないわ」アンはマリラに話した。「でも春になるとかぞえきれないくらい咲くってダイアナが言うのよ。ああ、マリラ、目に見えるようじゃないの?」

『赤毛のアン』(モンゴメリ著 村岡花子訳/ 新潮文庫)

また『アンの青春』では、プリシラがアンを白すみれに例える場面も出てきます。すみれの花言葉は「謙虚」「誠実」「小さな幸せ」。白いすみれの花言葉は「あどけない恋」「無邪気な恋」「純潔」です。

「あたし、いつだったか、魂は花のようなものだと書いてあるのを、なにかで読んだわ」とプリシラが言った。アンは「それなら、あんたの魂は金色の水仙よ。それからダイアナは、赤い、赤い、ばらだし、ジェーンのはりんごの花、ピンクで、健全でやさしいのよ」「それではあんたのは、芯に紫色の縞がはいっている白すみれよ」とプリシラがむすんだ。

『アンの青春』(モンゴメリ著 村岡花子訳/ 新潮文庫)

スターフラワー

スターフラワーは、木立の下にひっそりと咲く花で、日本ではツマトリソウと呼ばれています。グリーンゲイブルズに置いてもらえることになったアンが歓喜にもえた探検に出かけた時に咲いていた花・・・。『アンの愛情』では、「(友人の結婚式で)結い上げた髪にスターフラワーを飾るつもりよ、とアンが話す場面も出てきます。

そのあたりに咲いていた花は、やさしく、しおらしい無数の釣鐘草と、去年の花の精にも似た青白いスター・フラワーだけだった。

『赤毛のアン』(モンゴメリ著 村岡花子訳/ 新潮文庫)

ライラック

ライラック

グリーンゲイブルズでアンが初めて迎えた朝、庭に咲いていたのがライラック。モクセイ科の落葉木で、プリンスエドワード島では5月から6月にかけて美しい花を咲かせます。

家の両側は、一方はりんご、一方は桜の大きな果樹園になっており、これまた花ざかりだった。花の下の草の中にはたんぽぽが一面に咲いていた。紫色の花をつけたライラックのむせるような甘い匂いが朝風にのって、下の庭から窓辺にただよってきた。

『赤毛のアン』(モンゴメリ著 村岡花子訳/ 新潮文庫)

野ばら(スコッチローズ)

野ばらはアンの物語によく登場する花の1つ。アンが好きなのはピンクの薔薇で、「もしばらが、あざみとかキャベツなんていう名前だったら、あんなにすてきだとは思われないわ」と言っています。アンが薔薇の美しさを情緒豊かに表現する場面も出てきます。

「あら、早咲きの小さなばらが一輪咲いてるわ。美しいこと。あの花は自分がばらなことをよろこんでるにちがいありませんわね? ばらが話せたらすてきじゃないかしら。きっと、すばらしく美しい話を聞かせてくれると思うわ」

『赤毛のアン』(モンゴメリ著 村岡花子訳/ 新潮文庫)

初めてアンが教会に行く時に帽子を飾り立てた花にも野ばらが入っていたし、アラン牧師夫妻を招いたお茶会でテーブルに飾った花も野ばらでした。また、学校の音楽会で「あんたが妖精の対話のあとでステージから走ってでたときに、あんたの髪からばらが一輪落ちたのよ。それをギルバートが拾って、胸のポケットにしまってるのを、あたし見ちゃったの」と、ダイアナがアンに報告する場面もあります。

最も心に残る薔薇の花は、マシュウがいちばん好きだったスコッチローズ。遠い昔、マシュウのお母さんがスコットランドから持ってきたスコッチローズを、アンが急逝したマシュウのお墓に植える場面は感動的です。

「小さな白いスコッチローズを挿し木したんです。とても小さくて、それはかわいい花が、棘にびっしり覆われた枝に咲くんです。(中略)天国にもあんな薔薇があるといいわ。毎年毎年、夏になると彼がいつも眺めて愛でてきたスコッチローズの小さな花の魂が、天国でそろってマシューを出迎えてくれたんでしょうね。」

『赤毛のアン』(モンゴメリ著 松本侑子訳/ 集英社文庫)

「まるで歌と希望と祈りがいっしょになったよう」というアンの言葉のように、薔薇はいつでも特別な存在なのです。

すみれ、スターフラワー、さんざし、野ばら、ライラック・・・、『赤毛のアン』に登場する様々な植物を抜き出してみましたが、本の中には埋もれた花や木がまだまだたくさんあります。プリンスエドワード島の豊かな自然を背景に描かれる植物の1つ1つに新しい発見があり興味は尽きません。

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