「アンの想い出の日々」は赤毛のアンシリーズの最後の作品で、著者モンゴメリが亡くなる直前に完成させたものです。アンとギルバート、その子どもたちなどおなじみの登場人物も脇役で登場しますが、お話の主人公はプリンスエドワード島に住むアンの周りの人たちです。今までのアン・シリーズとは違い、詩と短編集で構成されていますが、美しい自然描写や風刺がきいた悲喜こもごものお話など、モンゴメリならではの魅力ある作品群が収録されています。アンとウォルターの詩、ブライス一家の回想シーンを含む完全版に集約された最後の作品集は、今の時代だからこそ、なおさら心に響くメッセージとなっています。

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アンの想い出の日々

プリンスエドワード島
プリンスエドワード島

「アンの想い出の日々」は赤毛のアンシリーズの最後の作品集で、2009年にカナダで出版され、日本では2012年に新潮社から文庫本(上下巻合わせて2冊)として出版されています。「赤毛のアン」から「アンの娘リラ」までの10冊は村岡花子さんの翻訳で、「アンの想い出の日々」は、孫の村岡美枝さんが翻訳されています。

「アンの想い出の日々」の原題は「The Blythes Are Quoted」。直訳は「ブライス一家が噂されている」、または「ブライス一家が引き合いに出される」で、タイトルでお分かりのように、アンが主人公の長編小説ではなく、アンの周りの人々が主人公の短編小説15作品と、アンの家族の会話と共に描かれる41篇の詩で構成されています。

また、「アンの想い出の日々」は第1次世界大戦を境にした二部構成で、第1部は戦前、第2部は戦後から第2次世界大戦が始まる頃のお話になっています。

アン誕生100周年を機に完全版の「アンの想い出の日々」が出版されましたが、以前にもカナダでは省略された形で出版されていた作品だそうです。完全版の原稿は、モンゴメリの死の当日に出版社に持ち込まれたそうですが、誰が関わっているのか、その経緯はまだよくわからないようです。いずれにしても、詩、短編、ブライス家の語らいなど新原稿を含む完全版が作られたことは、ファンにとって嬉しい限りです。

↑アンの想い出の日々・上

↑アンの想い出の日々・下

アンの想い出の日々のあらすじ

プリンスエドワード島

「アンの想い出の日々」はアンのまわりの人たちが主人公のお話なので、アンとギルバート一家は脇役なのですが、アンの子どもたちだけでなく、アンの孫たちまで登場します。

原題「The Blythes Are Quoted」のタイトル通り、プリンスエドワード島の住人たちの会話の中にアン一家がちらほら出てきて噂されるのですが、どうやら、アンやギルバートは村の人たちにとって憧れの存在のようです。でも、ちょっと褒められすぎているような・・・?とはいえ、アンとギルバートの仲睦まじい様子を知ることは、アン・ファンにとってはやはり嬉しいものですね。

アンの想い出の日々 上

「アンの想い出の日々・上巻」は戦争前のお話で、プリンスエドワード島で暮らす人たちが主人公の短編と、アンが書いた詩、そして、その詩をアンが家族に読み聞かせる場面で構成されています。ギルバートと結婚したアンは、アン・ブライスとして、炉辺荘(イングルサイド)で幼い子どもたちと仲良く平和に暮らしています。

炉辺荘では、夕暮れの家族団欒のひと時、アン・ブライス、旧姓アン・シャーリーが、その時々にふさわしい詩を家族たちに読んで聞かせることがよくあった。長年住み込んでいるお手伝いで、家族の一員同然のスーザン・ベーカーもいつも一緒にその輪に加わった。

アンの想い出の日々 モンゴメリ著 村岡美枝 訳

アンが読み聞かせる詩を聞きながら、”お母さんのように素敵な詩が書けたらなあ。お母さんくらいの年になったらきっと書けるようになる。”と言っていた十二歳のウォルター。「アンの想い出の日々・上巻」はウォルターの詩「笛吹」から始まるのですが、「アンの想い出の日々・下巻」では戦死したウォルターの詩を読みながら家族で回想する場面に変わります。

「アンの想い出の日々」に収録された短編はどれも完成度が高い作品ばかりですが、それだけでは伝わらないと完全版に込めたモンゴメリの強い思い・・・。アンとウォルターの詩、ブライス一家の回想シーンを含む完全版に集約された最後のメッセージは、今を生きる人たちに大切なことを訴えかけているようです。

【アンの想い出の日々・上巻 目次】
第一部

笛吹き(ウォルターの詩)
フィールド家の幽霊(短編小説)
炉辺荘の夕暮れ
願わくば……(アンの詩)
なつかしき浜辺の小径(アンの詩)
故郷の家の客用寝室(アンの詩)
思いがけない訪問者(短編小説)
第二夜
新しい家(アンの詩)
駒鳥の夕べの祈り(アンの詩)
夜(アンの詩)
男と女(アンの詩)
仕返し(短編小説)
第三夜
愛する我が家(アンの詩)
海の歌(アンの詩)
ふたごの空想ごっこ(短編小説)
第四夜
理想の友(アンの詩)
想い出の庭(短編小説)
第五夜
真夏の一日(アンの詩)
記憶の中で(アンの詩)
夢叶う(短編小説)
第六夜
さようなら、なつかしき部屋よ(アンの詩)
なつかしい幽霊たちの部屋(アンの詩)
冬の歌(アンの詩)
ペネロペの育児理論(短編小説)

アンの思い出の日々 下

「アンの思い出の日々・下巻」は、戦争とウォルターの死が影を落としています。いつも前向きなアンの心の中でさえ、戦争の残像は決して消えることはありません。炉辺荘で過ごすブライス家の会話から人生の悲しみとせつなさがひしひしと伝わってきます。

【「アンの思い出の日々・下巻 目次】
第七夜
成功(アンの詩)
夢の扉(アンの詩)
年老いた顔(アンの詩)
仲直り(短編小説)
パットはどこへ行く(短編小説)
幸運な無駄足(短編小説)
割れ鍋と煤けたやかん(短編小説)

第二部
続・炉辺荘の夕暮れ
間奏曲(ウォルターの詩)
さあ 行こう(アンの詩)
六月の昼下がり(ウォルターの詩)
秋の風(ウォルターの詩)
活気みなぎる自然の中で(ウォルターの詩)
愛こそあれば(アンの詩)
変化(アンの詩)
ぼくは知っている(ウォルターの詩)
弟に気をつけて!(短編小説)
続・第二夜
風(アンの詩)
花嫁の夢(アンの詩)
五月の詩(ウォルターの詩)
花嫁がやって来た(短編小説)
続・第三夜
別れゆく魂(アンの詩)
我が家(ウォルターの詩)
想い出(アンの詩)
あるつまらない女の一生(短編小説)
続・第四夜
カナダの黄昏(ウォルターの詩)
ああ 春とともにそぞろ歩いて(ウォルターの詩)
悲しみ(アンの詩)
部屋(アンの詩)
奇跡の出会い(短編小説)
最終章 また会う日まで
願い(ウォルターの詩)
巡礼(ウォルターの詩)
春の歌(ウォルターの詩)
余波(ウォルターの詩)

「アンの想い出の日々」の中の短編15作品は、いずれもモンゴメリの鋭い観察力と描写力が光る作品ばかりです。

アンの想い出の日々の感想

キャベンディッシュ郵便局

モンゴメリの最後の作品集「アンの想い出の日々」。正直に告白すれば、村岡花子さんの翻訳された赤毛のアンのイメージが壊れてしまいそうで、10年前に発売さた当初はなかなか読む気になれませんでした。でも、ある日読み始めたら止まらなくなり、初めてモンゴメリの作品に出会った時と同じように、いえそれ以上に感動することができました。

炉辺荘で、詩を読み上げるアン。そっと耳を傾けるギルバートと子どもたち、そして、大切な家族の一員スーザン。暖炉を囲う暖かな光景が、ウォルターを失った悲しみを際立たせ胸に迫ります。アン・シリーズ最後の作品は戦争が影を落とし明るい話ばかりではありませんが、人生の悲哀を壮大に描いた大作にふさわしい余韻が残ります。

思い返せば、アン・シリーズ第1作「赤毛のアン」ではマシュウが馬車でアンを迎えに行く場面がありますが、最終巻「アンの想い出の日々」では村の人たちが車に乗る時代になっています。少女だったアンがギルバートと結婚し、子どもや孫に囲まれた暮らしをしているのですから、時は流れているのですよね。アンの哀しみは決して消えることはないけれど、ギルバートが傷ついた心を癒し続けてくれるでしょう。

「アンの想い出の日々」に収録されている短編小説の主人公たちは嫉妬深かったり、ちょっと滑稽だったり、心に傷を持つ人が多いですが、最後には必ず幸せの種が潜んでいるので嬉しくなります。モンゴメリの優しい眼差しは、どんな困難な出来事も前向きに捉えるアンの姿と重なり胸が熱くなります。

時代背景は違いますが、登場人物一人一人が、今も昔も変わらない人間の本質を教えてくれるアン・シリーズ。こんな時代だからこそ、モンゴメリが最後の作品に込めた思いが世界中に届いて欲しいと切に願います。

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